遊牧民的人生 - a life as bedouin - qatar.exblog.jp

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砂漠と遊牧民に魅せられ、気が付けば在住18年の筆者が綴る、カタル、タイ深南部、そして日本。


by mohtakec
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カテゴリ:DIARY( 75 )


12年


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しばらくインプットな日々が続いたので、そろそろアウトプットしたくなる頃合いだろうか。

最近またこの国やその周辺にまつわるちょっとややこしい話が飛び交っている。
それでも、生活は普段通りに流れていく。
相変わらずコネがなくては全く前に進まない手続きやら、金の切れ目が縁の切れ目みたいな連中やら。

ドーハに来て何年目?
そう尋ねられること自体はさして珍しくもないが、12年が過ぎて13年目に入ろうとしていることを、自分自身の答えから気付いて驚く。
さすがに二桁に入ったら、そこそこ長居したなぁという気がする。
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by mohtakec | 2014-03-17 03:13 | DIARY | Comments(0)


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枯れても渋い大人になりたいなぁ。
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by mohtakec | 2014-01-20 15:43 | DIARY | Comments(0)

信頼関係


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職場では上層部の人間に気に入られて、知らぬ間に彼らの個人的な仕事を手伝わされたりする。
大概は他の人間でもできるような簡単な内容だ。
それでも彼らが私に頼んでくるのは、私が渡された仕事について一切問いただしたり、誰かに言いふらしたりしないからだ。

人と人、あるいは人と組織。そこにあるのは信頼関係という、ともすれば細い糸のような繋がり。
それが鉄よりも強いものとなるか、あっけなくプッツリと切れしまうか、それは信頼を投げかけられた側の「応える気持ち」が全てではないだろうか。
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by mohtakec | 2014-01-16 14:20 | DIARY | Comments(0)

一休み


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1月は毎年さほど仕事がない。
冬の時期は皆こぞって休みを取って砂漠や海外へいってしまうし、大きなイベントなどもないからだ。

とはいえ、こちらは週明けに東欧へ出張かという話もあったりで、あまり一休みとはいかないが。
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by mohtakec | 2014-01-09 15:18 | DIARY | Comments(0)


雨が降った。
翌日の新聞には「恵みの雨」と。年間降雨量が極端に少ないこの地域では、雨は歓迎されるものだ。

この天気、まだ少し続きそうだと報じている。

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by mohtakec | 2014-01-03 12:17 | DIARY | Comments(0)

区切り


節目節目に何かしらの区切りがあるのは悪いことではないけれど、西暦が一つ増えることを祝うのは、どこか忘却に身を委ねているような気がしてしまうのは何故だろう。

仕事帰り、冷たい冬の風に吹かれながら交差点でうずくまる労働者。
その光景を大きな四駆の運転席から見つめながら通りすぎる自分。

世界とは、一体何なのだ?

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by mohtakec | 2014-01-02 13:20 | DIARY | Comments(2)

A light of the sunrise


morning



Fujifilm X-E1
Fujifilm XF 55-200mm
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by mohtakec | 2013-12-05 04:11 | DIARY | Comments(1)

英語


終業まであと30分。
12時キッカリに始まる正午過ぎの礼拝を終えると、もう気はそぞろ。
誰も待っていない部屋に戻ったって詰まらないだけなのに、でもやっぱりオフィスにいるよりかはずっと自由だ。

自分の職業は、平たく言えば公務員。細かく言うなら(カタル側の)政府職員。
出稼ぎの全人口に占める割合が8割に迫ろうかというこの国では、外国人が公務員として働いている事自体には何の珍しさもない。

ただ、東南・東アジア系は少ない。アラビア語が出来ない彼らはスーパーのレジ係りや売り場の店員をしている。そこなら英語でも問題ないからだ。
政府内では書類はすべてアラビア語で書かれているし、指示を出すカタル人上司たちも基本アラビア語しか話さないから、アラビア語が出来なければ政府系で仕事を見つけることは難しい。
それもあって、アラビア語ネイティブな非湾岸系アラブ人が実務を握っているという構図は、政府系も民間も似たようなもの。

しかし、買いたいものを探すのに英語が話せなければ店員とコミュニケーションすら成り立たないというのは、はたしていかがなものか…。
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by mohtakec | 2013-08-25 18:36 | DIARY | Comments(0)

孤独


ラマダンの終わる頃に、嫁さんと一緒にタイまで。
数日の断食とイードを嫁さんの実家で過ごし、それから家族総出でプーケットまで1泊旅行。

そして、一人でドーハに戻った。

今年もハッジが近づいている。
毎年この時期は独りだ。嫁さんの声は毎日聞いているけれど、それはやっぱりもどかしい感じを拭えない。
独身気分で気楽なもんだと思えたのも最初の頃だけ。年々辛さのほうが増してくる気がする。

一方で、なら誰か友達と遊びに行くかというと、そういう気分にもならない。
独りは嫌だけど、独りになりたい、そういう矛盾なのだと思っていた。
でも、違っていた。一緒にいたい人が側にいないこと、ただそれだけの理由だったのだ。
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by mohtakec | 2013-08-20 18:47 | DIARY | Comments(0)

ふと、思い出すこと


留学は親に内緒で応募した。
確か、28歳になったばかりの秋だったと思う。
その年の大晦日にアブダビから電話がかかってきて、合格の知らせを聞いた。
テレビから紅白歌合戦が流れる居間で、両親に打ち明けた。

父は「本当に1年だけだな?1年で帰ってくるんだな?」と念を押した。

ワタシは「うん」とだけ言った。この時すでに2年行くつもりにしていた。

1年目の終りに留学を続けることを告げた。
父は「2年だぞ。2年。そっちで就職とか考えるなよ」

2年目の終わり、3年目もここに残ることを告げた。
そして3年目の終わり、ドーハで既に就職が決まり、出発まで1ヶ月を切った頃に日本へ電話した。

父はもう何も言わなかった。
年に一度でいい。母に顔を見せに帰ってきてくれ、とだけ。

ドーハに渡ってから4年が過ぎた頃、ワタシはタイの南部にいた。
お見合いを何度かして、一人の女性と出会った。相手の両親や家族と面会した。
心は決まっていた。

仲人をしてくれた学長のオフィスから実家に電話をかけた。

「結婚することになったよ」

父はただ、おめでとうとだけ言った。

自分勝手な息子でごめんなさい。
きっと一生かかっても、恩返しはできないだろうけど、
あなたの息子であることを何よりも嬉しく思いながら生きています。
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by mohtakec | 2013-07-09 23:54 | DIARY | Comments(0)