
十日ほど前からタイに来ている。
休暇が2/3、仕事が1/3といったところ。
仕事は今週末から。それまでは妻や義妹たちとあちこち回ったりしながら、のんびりと過ごしている。
詳しい話はドーハに戻ってからということで。

職場で新しい人事。
この動きは将来こう繋がるのだろうか...などと推測してしまうようになった自分にやや嫌気。
良く言えば、それだけ職場内での人間関係が多岐に渡っているわけだが。
できるならば、ユルユルと暮らしていたいのだが、気がつくといつも巻き込まれている。

世界の一部では新年とやらを祝っているらしいが、ここではそんな雰囲気は全くない。
新聞などメディアが「2011年を振り返る」といった趣旨の特集を流している以外は、1月1日が休みになるわけでもなく、ただただ普通の日として過ぎていく。
来た当初はそれに寂しさを覚えた。
だが、今はもうそんな感傷さえ沸いてこない。慣れてしまったわけではない。連続する毎日に区切りなどつけても無意味だと気づいたからだ。
昨日、今日、そして明日。その関係がひたすら続いていく日々。
年が変わったからといって、去年までのことがすべてチャラになるわけでもないし、突然幸運が舞い降りてくるわけでもない。
ひたすら、淡々と生きていく。その果てにあるだろう何かだけを見つめて。

毎度のことだけど、この国にいると年末年始という感覚がない。
西暦はもとより、イスラーム暦(ヒジュラ暦)でも、特に「年を越した」ことを実感できるようなイベントなどもなく、日本の年越しが身に染み付いた人間としては、なんとなく一年の区切りをつけかねて、毎年暫くの間は気持ちが落ち着かない。
本職、副職、共に大きな仕事が終わったかと思ったら、今度はプライベートで色々と起きる。
人生山あり谷ありは自分に限ったことではなく、万人誰しもがそうなのだが、どことなく閉塞感を自分自身も感じているのは事実。
今の楽しみは、仕事が絡んで少しだけ出発日が遅れてしまっているタイ行き。
妻を迎えに行くのが目的だが、どうせならと三週間ほどタップリと滞在するつもりだ。家族でプーケットに泊まりがけで遊びにいく予定も入っている。
自然に囲まれた村で、妻と一緒にしばしノンビリしたい。
人生山あり谷ありは自分に限ったことではなく、万人誰しもがそうなのだが、どことなく閉塞感を自分自身も感じているのは事実。
今の楽しみは、仕事が絡んで少しだけ出発日が遅れてしまっているタイ行き。
妻を迎えに行くのが目的だが、どうせならと三週間ほどタップリと滞在するつもりだ。家族でプーケットに泊まりがけで遊びにいく予定も入っている。
自然に囲まれた村で、妻と一緒にしばしノンビリしたい。
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